真空地帯に葬られた空白の時間

真空地帯に葬られた空白の時間

井の頭公園死体遺棄事件

検証

1. 処理

この事件での死体処理方法は次のとおりである。

  • 発見された遺体は計27部位。
  • 部位は全て、幅20cm程に切り揃えられ、厚さも揃えられていた。
  • 部位片は完全に血液が抜かれていた。
  • 部位全体は人体の3分の1、20数kg程度である。
  • 部位に付着物は何も発見されていない。
  • 部位のうち、指の指紋は削られ、掌紋には傷がつけられていた。
  • 部位から生活反応のある傷は1箇所検知されたが死因につながる傷ではない。
  • 被害者の最後の目撃時刻から部位発見までの時間は34時間経過している。

 

2. 疑問

 

■疑問点1:解体の手法は一般的か。

関節部分で分断するような通常の単純解体とは異なり、指紋を削り、掌紋に傷をつけ、遺体を細かく切り揃えて切断するなど、解体手法は均等、複雑であり、部位切断に対する執着心が見られる。

 

犯行発覚を防ぐ強い意志と同時に、何らかの恣意的意思が働いていることが伺える。あるいは、死体消滅、証拠隠滅を図りつつ、怨恨説、カルト新興宗教説、見せしめ的に解体したという同時目的説も可能だ。

 

■疑問点2:均等及び複雑解体の目的は何か。

指紋を削るなどの複雑解体の目的は被害者の身元発覚防止であり、均等解体はゴミ箱投棄のためである。

同公園内のゴミ箱は、前面に付けられた縦20cm、横30cmの蓋を空けてゴミを捨てるようになっている。部位の大きさはちょうどこの蓋から入れるのに適している。

犯行時から同公園内のゴミ箱に捨てることを目的で遺体を切断したとしても、ほぼ均等に切り揃えるには、特殊で高度な専門技術、それを裏付ける設備、怪しまれることのない完全な場所、相当の時間を要する。

■疑問点3:解体時間はどの程度か。

最後の目撃された後にから遺体が発見されるまで34時間。消息を絶ち行方不明になったのが21日木曜日の夜11時過ぎ。死体発見の4月23日は土曜日である。

22日金曜の朝にもゴミ回収があったが発見されてはいない。そうなると、残り3分の2の遺体は金曜日のゴミ収集で運ばれた可能性がある。

木曜の深夜から金曜の朝までのおよそ6時間程度で解体を終えた事になる。手際のいい作業が行われたはずである。

遺体を細分化して解体する作業時間はいかほどか。

事例によれば、一人で行う場合、数か所程度の解体で数時間を必要になる。ただし、解体の専門家が行えば、約半分、その手の道具を使えばさらに短縮できる。

■疑問点4:解体の道具は何か。

各部位は電動式ノコギリで切断されたことが分かっている。

また、被害者を特定させないための工作として、指紋を削り、掌紋に傷を付けている。

そのような道具を通常一般人は持たないし、関心もない。

■疑問点5:解体場所はどこか。

不明である。解体に適した場所は限定される。相当の空間と道具、秘密性が完備される場所でなければならない。

■疑問点6:解体でなぜ血液を抜いたのか。

血液を抜き去る所業がカルト宗教団体と結びつける推理を生んだ。

しかし、犯行を隠すためにはゴミ箱に切断遺体を廃棄することが有効であると理解したなら、ゴミ箱への捨てる際、ならびにゴミ箱からビニール袋を取り出す際に、血液が浸み出ていたとしたら、容易に覚知されるだろう。

ゴミ箱に捨てることを完遂するには血液を抜くしかない。問題は、完全に血液を抜く方法を犯人が知っていて、それを完全に実行できた技術である。

■疑問点7:遺棄の目的は何か。

不明であるが、犯行発覚を隠すためであると考えられる。

しかし、被害者の自宅は公園敷地内からは100メートルほどにある。なぜ井の頭公園なのか。偶然か。何らかの恣意行為か。犯人は被害者宅を知り、家族事情を把握していたふしがあるが、確証はない。

■疑問点8:遺棄の場所がなぜ井の頭公園なのか。

公園への出入りは自由である。時間制限もない。井の頭公園駅の東から西のバス通りに広がる雑木林まで東西南北、どこからでも侵入できる。吉祥寺駅方面の北側からの主な通路は3つある。そのうちの1本が閑静な住宅街を抜けて階段を降りて林に入るルートだ。現在では、写真で見るように、光も入り、広い階段に整備されたが当時は、昼間でも薄暗く、高い木が生い茂っていた。切断遺体が遺棄されていたゴミ収集箱は写真右手奥にあった。

井の頭公園は、中央線吉祥寺駅南口を出て10分も掛からない。園内は広く、人口池が東西に動物園、井の頭公園の一日は長い。夜明けとともに老若男女が犬を連れ、散歩やジョギングを楽しみ、夜は、木陰を見つけて寄り添う二人連れの男女や家路を急ぐ人々で行き交う。

春の季節ともなれば、公園内は活気に溢れ、吉祥寺ですでにほろ酔い気分となったサラリーマンやら夜通し騒ぎ立てる若者たちで、人影が絶えることがない。都内有数の桜の名所である同公園は、花見客で、吉祥寺駅から押し寄せる。期間中の人出は統計によれば、例年、30数万から50万人を数える。

花見の時期、散乱したゴミを拾い、ゴミ箱へ捨てる行為は至る所で見られ、その中で、小さな部位の入ったビニール服を抱え、園内を徘徊し、次々にゴミ箱に投げ捨てていったとしても人々は何も気に留めない。

事件はそのような春の喧騒が落ち着き、新緑の季節に入りかけた時期に起きた。

いずれにしても、犯人は、繁華街や雑踏に近似した春の井の頭公園状況を熟知していた。黒いビニール袋をいくつか抱えて歩いていたしても特別に不思議な光景ではなく、そうなれば、目立たず、人々の無関心のうちに遺棄が果たし得ること、早朝、清掃員によってゴミ箱から大量のゴミが収集され、即座に廃棄されることを知っていたことは間違いない。

■疑問点9:遺棄がなぜゴミ箱なのか。

恨みによる犯行で、自宅を知っていたとしても、近接する公園内に遺体をばらまく神経は常軌を逸している。

また、自宅を知らず、ばら撒いた先が偶々井の頭公園内であったとしても、なぜゴミ箱なのか。

犯行の発覚を防ぐには遺体を隠す必要がある。遺体を切断し、廃棄物として処理されれば発見されにくい。廃棄処理されるには通常人が普段行くこともなく、人気のない処理場に投棄するよりも、不特定多数の人々が日常的にゴミを投下するゴミ箱に何気なく入れておく方が怪しまれない。

この説によれば、遺棄場所を選定した上で投棄できるよう遺体を解体したことになる。

逆に、恣意行為であるとすると、ゴミ箱から分断遺体が発見されることを想定していたとも考えられる。

■疑問点10:遺棄の結果、頭部と胴体はどこに消えたか。

犯行を隠す有効な手段はゴミ箱に切断遺体を廃棄すると判断したなら頭部や胴体も切断し、ゴミ箱に投げ入れたに違いない。

通常、園内での早朝ゴミの収集は機械的に行われる。清掃員は逐一ゴミ箱を点検するなどはしないし、ましてやビニール袋の中身まで見ることはない。部位を発見した女性清掃員は、たまたま犬の餌になりそうなものを探していたという。そのような動機はまれである。

部位の一部が発見されるまで、ゴミ収集は進んでいて、それまでに切断された頭部や胴体は廃棄物とともに消えたと考えて間違いない。

 

■疑問点11:殺害現場はいったいどこか。

不明である。

解体では血液処理があり、専門器具の装備と同時に大量の水を必要とする。特殊な場所に限られる。

■疑問点12:犯行動機は。

不明である。

■疑問点13:犯行行為は。

死体遺棄か殺人・死体遺棄かは特定されていない。

仮に、何らかの事故あるいは病死によって、死体と遭遇する者もいる。しかし、自分と関係のない遺体を切断、公園のゴミ箱に投棄する感覚は普通ではない。

■疑問点14:殺害、解体、遺棄は同一犯か。

殺害と解体、遺棄が同一犯によるものかわからない。

複数犯の場合、組織的に役割をそれぞれ分担できる。ただし、空白の時間が34時間であることを考慮すれば、道具が揃っていれば単独犯も可能である。

 

いずれにしても投棄した者が殺人に何らかの形で関わっているとみるのが合理的である。

■疑問点15:目撃者は。

被害者宅からは、中央線及京王井の頭線吉祥寺駅が最寄りである。

港区にある建設会社に勤務する被害者は、通常、吉祥寺駅を利用していたはずだが、場合によっては渋谷経由の井の頭線を利用していた。

21日、被害者は、元同僚ら5人が高田馬場駅周辺で開いた昇進祝いに出席。午後10時過ぎまで酒を飲み、午後11時半頃JR新宿駅で元同僚2人と別れたという。

捜査では、被害者は、中央線吉祥寺駅の一駅手前の西荻窪駅で降車したとか、吉祥寺駅周辺で被害者に似た男性が2人組みの男らに殴られていたといった目撃情報を得る。

■疑問点16:物証は。

物証は少ない。遺体を入れたゴミ袋は、公園から5キロ圏内の西友阿佐ヶ谷店、西荻窪店などで調達されている。

とくに、杉並区久我山にあるコンビニで大量に購入した2人組が目撃されている。

■疑問点17:被害者の怨恨は。

被害者は、小学生の時分からボーイスカウト活動に熱心で、妻とも活動を通じて知り合った。

都内の大学を卒業後、新宿区内の設計会社に就職。その後、平成4年に転職。事件当時、被害者は、井の頭公園北側にある二世帯住宅で暮らしていた。

被害者周辺に目立ったトラブルはない。仕事場、家庭関係で恨みを買っている事実はなかった。

 

3. 事件の文脈

事件を解く場合いくつかの証拠がつながることが必要である。個別の証拠を成立させるには犯行手口の理解が前提となる。

迷宮入りの事件の場合、手口の真意に辿りつけていない場合がある。しかし、意味のない犯罪は存在しない。犯意が不明で、事件の全体構図が不可解であったとしても、事件の芽はどこかに潜んでいることがある。

とくに新種の事件はどこかで連鎖している。ある瞬間、事件の芽が吹き出し、顕在化する。

以下は、当時の社会的事件状況である。

  •  <1994年(平成6年)>
  •  1月26日:大阪愛犬家連続殺人事件容疑者逮捕。
  • 1月30日:オウム真理教薬剤師リンチ殺人事件発生。
  • 2月18日:青山学院大生殺害事件。
  • 2月23日:藤田小女姫殺害事件。
  • 3月22日:榎井村事件、再審無罪判決。
  • 3月27日:オウム真理教宮崎県旅館経営者営利略取事件。
  • 4月23日:井の頭公園死体遺棄事件発覚。
  • 5月9日:オウム真理教滝本弁護士サリン襲撃事件。
  • 6月27日:オウム真理教松本サリン事件発生。
  • 7月10日:オウム真理教男性現役信者リンチ殺人事件発生。
  • 7月15日:オウム真理教温熱療法修行男性信者死亡事件。
  • 8月5日:福徳銀行5億円強奪事件。
  • 9月14日:住友銀行名古屋支店長射殺事件。
  • 9月20日:オウム真理教江川紹子ホスゲン襲撃事件。
  • 11月27日 :愛知県西尾市中学男子生徒自殺(自殺連鎖)。
  • 12月2日:オウム真理教駐車場経営者VX襲撃事件。
  • 12月10日:オウム真理教ピアニスト監禁事件。
  • 12月12日:オウム真理教会社員VX殺害事件。
  • <1995年(平成7年)>
  • 1月4日:オウム真理教被害者の会会長VX襲撃事件。
  • 1月5日:埼玉県愛犬家連続失踪事件犯人逮捕。
  • 1月17日:阪神淡路大震災発生。
  • 2月28日:オウム真理教目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件。
  • 3月20日:オウム真理教地下鉄サリン事件発生。
  • 3月22日:オウム真理教教団本部施設強制捜査。
  • 3月30日:オウム真理教警察庁長官狙撃事件発生。
  • 4月19日:横浜駅異臭事件発生。
  • 4月23日:オウム真理教教団幹部村井秀夫刺殺事件。
  • 5月13日:都立大島南高等学校いじめ事件。
  • 5月16日:オウム真理教教祖松本智津夫逮捕。
  • 5月16日 :オウム真理教東京都庁小包爆弾事件
  • 7月30日:八王子スーパー強盗殺人事件発生。
  • 9月4日:沖縄米兵少女暴行事件発生。
  • 9月5日:オウム真理教坂本堤弁護士一家殺害事件遺体発見。
  • 11月27日:新潟県上越市中学1年生いじめ自殺。
  • 11月30日: よど号ハイジャック犯人田宮高麿死去 。
  • 12月6日:千葉県香取郡町立中学校女子生徒自殺。

 

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