「第四現場」―三億円が最後に消えた場所
第2回 時間的推移
前回は、主に、犯行の場所的推移に注目して、本事件では、単独は説に比べ複数犯説が有利であることをみた。
今回は、仮説に基づき、犯行の時間的推移を丹念に追ってみる。
6 通説を再考する
本事件に関する通説は次のとおりである。
実行犯Xは、「第3現場」で「第1カローラ」から「偽装白バイ」に乗り換え、「第1現場」まで「現金輸送車セドリック」を追走し、「第1現場」で「現金輸送車セドリック」を奪い、「第2現場」まで「現金輸送車セドリック」を運転し、「第2現場」で「現金輸送車セドリック」から「第2カローラ」に現金の入った「ジュラルミンケース」を積み換え、「第2カローラ」で「第4現場」まで運んだ。
この説に関して、改めて押さえておくべき点を整理する。
(1)実行犯Xの解釈
Xは単数か、複数か。解釈としては、いずれでも読み取れる。実際に、複数犯の場合は勿論、単独でも犯行を実行することが可能だ。
だが、犯行の実行段階前に着目した場合、単独犯説では、とくに偽白バイや第2カローラの配置等に多くの時間が費やされ、散漫になる。完全犯罪を遂行するには、現金輸送車の強奪、現金奪取、逃走に全神経を集中しなければならない。
(2)第4現場への到着時刻
果たして、実行犯は、同日中に、第4現場まで辿り着いたのだろうか。
第1現場から第2現場へ直行したことは早い捜査段階で明らかになっているが、第4現場に放置された第2カローラについては、犯行翌日に撮影された航空写真で確認されたものである。
これは、論理上、実行犯が、事件当日、第4現場以外に、第2カローラを隠し、翌日になって第4現場まで移動させた可能性についても検証しなければならないことを示している。
しかし、まんまと現金をせしめた実行犯が、翌日、犯行に使用した車を運転するだろうか。車は盗難車であり、しかもジュラルミンケースが積まれている。検問の網に嵌るためにでかけるようなものだ。
(3)現金ルート
現金3億円がどの場所で誰によってジュラルミンケースから抜き取られたのか、分かっていない。通説では、第1現場→第2現場→第4現場とジュラルミンケースのまま丸ごと運ばれ、第4現場で別の入れ物に積み替えられるなどして持ち去られた、とも読めるが、そう単純ではない。
単独犯説でも、犯人Xは、第2現場で別の場所に隠し、空のジュラルミンケースを摘んだ車を第4現場に運んだかもしれない。逃走経路中、どこかの地点で隠すこともできよう。複数犯説になれば、それらの行為が容易となる。
(4)アジト
アジトがどこかも重要なファクターとなる。実行に至る準備時間の長短に影響するからだ。
仮にアジトが事件現場から遠ければ遠いほどは、犯人の身元が発覚するおそれは低くなる。近ければ、準備段階から実行に至る手間が省け、犯罪の成功確率は高まる。
アジトが複数に分散していれば、複数犯説が強まる。
一か所に集中していれば単独犯説に近づく。
仮に、第2現場あるいは第4現場がアジトの一つであったらどうなるか。その検証は後ほど行う。
7 犯行の時間的推移
前回は、とくに、実行犯及び遺留品、現金の移動等、犯行の場所的推移について整理し、いわゆる通説が単純に成立するのは単独犯説に立った場合であること、さらに、実行に至る準備段階の場所的推移を整理したとき、単独犯説における犯行の実行可能性に関し不可解さと不自然さが生じてくることをみた。
結果、複数犯説に立つことがより合理的に完全犯罪のプロセス全体を説明できることを示した。
今回は、これらをおさらいする形で、準備段階から実行に至るまでの時間軸に沿って、犯罪の完成度、リスク配分、犯罪心理上取りうる合理的オプションを追い、両説について絞りを掛ける。
(1)単独犯説
(ⅰ)犯行の行程
Xが唯一人ですべての行程を実行する場合である。
第1現場犯行着手に至る準備段階 | |
1人説 | ①X1は、アジトから、第2現場に第2カローラを運び、配置する。②X1は、何らかの手段でアジトへ戻る。③X1は、アジトから偽装白バイを運び、第3現場に配置する。④X1は、何らかの手段でアジトへ戻る。⑤X1は、第1カローラで、国分寺支店へ向かう。⑥X1は、国分寺支店から、現金輸送車を追尾する。⑦X1は、第3現場で、第1カローラを乗り捨て偽白バイに乗り換え、現金輸送車を追尾、第1現場へ向かう。 |
この場合、⑧以降の移動は次のように決まる。
⑧X1は、第1現場で現金輸送車を強奪する。
⑨X1は、第1現場から第2現場へ向かう。
⑩X1は、第2現場で、現金輸送車を乗り捨て、ジュラルミンケースを積み換えた第2カローラに乗り換える。
⑪X1は、第2カローラで、第4現場へ向かう。
⑫X1は、第4現場で第2カローラに積まれたジュラルミンケースから現金を抜き取り、持ち去る。
(ⅱ)1人説の欠陥
以下、アジトがどこにあるかで場合分けを行う。
<1人説その1>
1人説の犯罪実行上の最大の欠陥は、第1カローラと偽白バイを実行前に配置するために、各現場とアジト(A、B、C)間を往来しなければならない。時間的ロスである。
<1人説その2>
仮に、単独犯ならアジトを一極集中させるのが常道だとして、アジト=同一場所(A=B=C)の場合にはどうなるか。
この場合でも、単独犯は準備段階でアジトと第2現場と第3現場を2往復しなければならない。
<1人説その3>
また、仮にアジト=第4現場であった場合でも、同様にアジト(第4現場)と第2現場、第3現場を2往復しなければならない。
<1人説その4>
では、アジト=第2現場(周辺)であったらどうか。
この場合には、アジトと第3現場の1往復で住む。だが、アジトから第3現場に白バイを留め置いてから、再度、アジト=第2現場に戻るには、どのような手段があるか。
第3現場とアジト=第2現場間の車走行距離は880 m、時速50キロとしても約1分で辿り着くところ、徒歩の場合には徒歩距離数790 m、時速3分で17分かかる。
このケースは不可能ではない。問題は、第2現場がアジトとして適しているかどうかだ。
残念ながら、当時の第2現場は、墓地の入口付近のクヌギ林にあり、隠れ蓑として使える箇所もあるが、却って人目につきやすい。常設のアジトとしては適していない。
(2)複数犯説
2人説におけるX1、X2、同様に、3人説におけるX1、X2、X3らは、完全犯罪を遂行するために、最も合理的な手段、方策をとりうると仮定した場合、次の場所的移動が整理される。
(ⅰ)2人説では、次のパターンに絞られる。
<2人説その1>
X1は、第1カローラを運転するX2とともに第3現場まで同一行動し、以降、第4現場までX1が単独で犯行を行う。
<2人説その2>
X1は支店から、第3現場、第1現場、第2現場まで単独行動し、第2現場で、第2カローラを運転し、待機していたX2と再び合流し、以降第4現場まで同一行動する。
<2人説その3>
X1は、第1カローラを運転するX2とともに第3現場まで同一行動し、X1が単独で第2現場まで単独行動し、
X1とX2が第2現場で再び合流し、以降第4現場まで同一行動する。
<考察>
<2人説その1>は、第3現場で、第1カローラが乗り捨てられていた事実をうまく説明できない。
また、<2人説その3>は、1分1秒を争う逃走劇の中で第2現場で再び落ち合うというのはリスクが高い。
したがって、<2人説その2>がより現実的である。
準備段階から実行、逃走までを効率的で無駄がない計画を立てると、次のようになる。
第1現場での犯行着手までの準備段階 | |
2人説その2 | ①X1は、アジトから偽白バイを運び、第3現場に配置する。②X1は、X2がアジトから運転してきた第2カローラに同乗し、アジトへ戻る。③X1は、アジトから、第1カローラを運転し、国分寺支店へ向かう。④X2は、アジトから、第2カローラを運転し、第2現場で待機する。⑤X1は、国分寺支店から、現金輸送車を追尾する。⑥X1は、第3現場で、第1カローラを乗り捨て、偽白バイに乗り換え、現金輸送車を追尾、第1現場へ向かう。 |
<2人説その2>のメリットは、アジトと現場を往復する回数が1回のみであり、使用される車は2台で済むことだ。
そのため、このケースでは、往復する現場とアジトとの走行距離及び時間が短いことが条件となる。
仮に、第4現場が第1カローラ、第2カローラが出発したアジトだとすれば、アジト(第4現場)と第3現場との距離は、4.2 km、15分もあれば往復でき、支店と間では、2.7 km、5分程度で到着できる。
準備段階以降の犯人の移動は、次のとおりになる。
⑦X1は、第1現場で現金輸送車を強奪する。
⑧X1は、第1現場から第2現場へ向かう。
⑨X1は、第2現場で、現金輸送車を乗り捨て、ジュラルミンケースを積み換えたX2が運転する第2カローラに同乗する。
⑩X1は、第2カローラで逃走中、車中でジュラルミンケースから別の入れ物に現金を抜き去り、積み換える。
⑪X1及びX2は、第4現場に第2カローラにシートを被せた上で放置し、逃走する。
(ⅱ)3人説
実効性が高いと考えられる行動パターンは、次のとおりである。
<3人説その1>
X1がX2とともに第3現場まで同一行動し、
X2はそのまま第1カローラを乗り捨て、逃走する。
X1が第2現場まで単独で行動し、現金輸送車を強奪し、
第2現場でX3と合流、第4現場までX3と同一行動する。
オプションとして、次の変形が考えられる。
<3人説その2>
X1がX2とともに第3現場まで同一行動し、
X1が第2現場まで単独で行動し、現金輸送車を強奪し、
第2現場でX3と合流、第4現場までX3と同一行動し、
X2が第4現場に合流する。
<3人説その3>
X1がX2とともに第3現場まで同一行動し、
X1が第2現場まで単独で行動し、現金輸送車を強奪し、
第2現場でX3と合流、第4現場までX3と同一行動し、
第2現場から第4現場までのどこかの地点で、第2カローラがX2を拾って、3人が同乗して第4現場に向かう。
<考察>
<3人説その3>はリスクが高く現実的でない。
<3人説その1>の場合、X2は、幇助犯となる。<3人説その2>に比べ、X2の役割分担が限定されており、最終的な現金獲得という目的意識から外れ、犯行グループの組織的役割が反映する。
<3人説その2>では、X2の第3現場から第4現場への逃走プロセスが問題となる。
みすみす第1カローラを乗り捨てていく意図は何か。第4現場へ向かう交通手段は何かが問題となる。
A、B、C3箇所のアジトについても同一でも別々でも、準備段階に影響は少ない。それぞれ別であった方が発覚されにくい。だが、その恐れがなければ犯行道具は同一場所に揃えられている方が効率的である。
<3人説>では、その1、その2、その3、いずれにしても、第3現場までの準備段階は次のとおりとなる。
2人説に比較した場合、<3人説>の最大のメリットは、準備段階でのアジトと現場を往復する必要がなくなり、無駄な時間がなくなる。X1は現金輸送車強奪に全神経を集中でき、犯行の効率性、実効性はより高まる。
しかし、X1を乗せた第1カローラを第3現場で乗り捨てる意味がやはり説明できない。X2が第3現場から第4現場に戻ったとすれば、新たにもう1台が必要となる。そしてこの1台をX2が逃走用に使用したとすれば、この車を事前に配置しなければならない。
第1現場での犯行着手までの準備段階 | |
3人説その1その2その3 | ①X3は、アジトから、第2現場に第2カローラを運び、配置し、そのまま待機する。②X1は、アジトから偽装白バイを運び、第3現場に配置する。③X1は、第3現場で、アジトからX2が運転してきた第1カローラに同乗し、国分寺支店へ向かう。④X1およびX2は、国分寺支店から、現金輸送車を追尾する。⑤X1は、第3現場で、第1カローラから降り、偽白バイに乗り換え、現金輸送車を追尾、第1現場へ向かう。⑥X2は、第3現場で、第1カローラを乗り捨てる。 |
8 完全犯罪の絶対条件
(1)完全犯罪を遂行するための条件
本事件では、次の時間的経過が明らかになっている。
(イ)現金輸送車国分寺支店出発時刻;午前9時15分
(ロ)現金輸送車第1現場到着時刻;午前9時20分前後
(ハ)現金輸送車強奪犯行着手時刻;午前9時20分前後
(二)犯行終了時刻;午前9時23分(約3分間)
(ホ)第1現場警備員から銀行連絡時刻;午前9時28分
(ヘ)銀行から警察に照会時刻;午前9時31分
(ト)第1現場に警察到着時刻;午前9時45分
(チ)東京都内検問開始時刻;午前9時50分
これによれば、本件犯行を完全犯罪として成就するためには、現金輸送車が出発した午前9時15分から午前9時50分にすべての作業が完了していなければならない。
走行中及び作動中の車はすべて検問にかかり、ジュラルミンケースが積まれた車はその場でアウトだ。
つまり完全犯罪が完成されるためには35分間以内にすべての作業が完了していることが前提となる。この場合、実行犯が緊急配備される時間を事前察知していたかは別である。結果、網をすり抜けたのは偶然に過ぎず、単なる幸運だったとしてもだ。
(2)絶対条件を満たすパターン
上記の絶対条件を念頭に、前節で絞られた次のパターンを再度検証してみる。
<2人説その2>
<3人説その1>
<3人説その2>
<3人説その3>
見落としてならないことは、実行犯の一気に事を成し遂げていく圧倒的なスピード感である。
第1現場での強奪の犯行時間は3分、逃走から第4現場に第2カローラを乗り捨てるまでの時間は27分以内。
このスピードに着目すると、<2人説その2>と<3人説その1>が有利である。他の複数犯説は、実行から逃走までの時間的リスクが高い。
<1人説>は実行準備の時間的ロスが多すぎ、実行の集中力に欠け、話にならない。
では、<2人説その2>か、<3人説その1>か。
<2人説その2>の場合、<3人説その1>に比べて、犯行着手までの準備段階に手間がかかる。
犯人心理からして、実行までの準備に面倒な作業は避けたい。実行着手は午前9時、準備に取れる時間は多くはない。
<3人説その1>では、第1カローラを乗り捨てた理由がうまく説明できない。
(3)条件整理
条件から両説は、次のとおり整理される。
本事件では、単独犯説を支持しにくい。複数犯説の中では、<2人説その2>と<3人説その1>がより現実的であり、
いずれの説にも弱点と有利がみられる。
同時に、次の課題が浮き彫りとなる。
・X2は、第3現場から、どこに向かったのか。
・アジトはいったいどこか。なぜなら、アジトの場所によって、準備段階の時間が節約されるからだ。
・そしてカローラの保管場所はどこか。理由は上記の意味と同様だ。
・現金はどのようにして運ばれたか。複数犯説に立つなら、必ずしも犯人の足取りと現金の運搬ルートは同一ではない。第4現場まで運ばれた確証はない。
・現金が第4現場まで運ばれたとして、その後、実行犯は、現金3億円をどのような手段で逃走したのか。
ちなみに、ジュラルミンケース3個に納まっていた現金3億円は1万円札が3万枚、その質量は31.5kg程度である。
一枚ずつ積み上げた高さは約3メートル、3分割して約1メートルにすれば1億円が3列に並ぶ。
実行犯が一人でこれを背負い、車から降りて徒歩で逃走するには無理がある。3人ならそれぞれ1億円、10キロ程度の重さとなって歩いて運び去るにも不自然ではない。
2人の場合なら1人あたり15キロ、50センチメートルの3列となる。
9 仮説
ひとまず犯人の足取りを整理し、以下、仮説を立てる。
<複数犯2人説その1>に基づく仮説
実行犯X1は、アジトAから、「偽装白バイ」を運転し、実行犯X2は、アジトB(第4現場)から、第2カローラを運転し、ともに第3現場に着き、X1はその場所に「偽装白バイ」留め置き、X2が運転する第2カローラに同乗し、アジトB(第4現場)へ戻った。
X1は、アジトB(第4現場)から、第1カローラを運転し、銀行国分寺支店に向かい、「現金輸送車セドリック」を追尾、再び第3現場に向かった。
アジトB(第4現場)へ戻ったX2は、その場所からそのまま第2カローラを運転し、第2現場へ向かい、X1の到着を待った。
銀行国分寺支店から現金輸送車セドリックを追尾し、途中、第3現場に到着したX1は、第1カローラを乗り捨て「偽装白バイ」に乗り換え、第1現場まで現金輸送車セドリックを再び追走し、第1現場で「現金輸送車セドリック」を強奪し、そのまま第2現場まで「現金輸送車セドリック」を運転、X2が待機する第2現場に向かった。
X1は、X2とともに、第2現場で「現金輸送車セドリック」から第2カローラに現金の入った「ジュラルミンケース」ごと積み換え、X2が運転する第2カローラに同乗し、第4現場まで運んだ。
X1は、第4現場までの逃走中、第2カローラ後部座席で、「ジュラルミンケース」から別の2つの入れ物に現金を分け移し替えた。
第4現場で、X1とX2は、空の「ジュラルミンケース」が積まれた第2カローラを降り、シートを被せ、そのまま放置し、それぞれ現金を持ち去った。
<複数犯3人説その2>に基づく仮説
実行犯X1は、アジトAから、「偽装白バイ」を運転し、実行犯X2は、アジトB(第4現場)から、第1カローラを運転し、ともに第3現場に着き、X1はその場所に「偽装白バイ」留め置き、X2が運転する第1カローラに同乗し、銀行国分寺支店へ向かった。
実行犯X3は、アジトB(第4現場)から、第2カローラを運転し、第2現場へ向かい、X1の到着を待った。
銀行国分寺支店から現金輸送車セドリックを追尾し、途中、第3現場に到着したX1は、X2が運転する第1カローラから降り「偽装白バイ」に乗り換え、第1現場まで現金輸送車セドリックを再び追走し、第1現場で「現金輸送車セドリック」を強奪し、そのまま第2現場まで「現金輸送車セドリック」を運転、X3が待機する第2現場に向かった。
X1は、X3とともに、第2現場で「現金輸送車セドリック」から第2カローラに現金の入った「ジュラルミンケース」ごと積み換え、X3が運転する第2カローラに同乗し、第4現場まで運んだ。
X1は、第4現場までの逃走中、第2カローラ後部座席で、「ジュラルミンケース」から別の3つの入れ物に現金を分け移し替えた。
第4現場で、X1とX3は、X2と合流し、空の「ジュラルミンケース」が積まれた第2カローラを降り、シートを被せ、そのまま放置し、それぞれ現金を持ち去った。
10 検証
以下、改めて、犯行の時間的推移を検証する。
<犯行の時間的推移シミュレーション>
まず、各現場間の移動推定距離、時間をシミュレーションした。
次は、時速40キロで最短コースを走破した場合の時間である。犯人は、障害がない限り、時速40キロ以上で走行するはずである。その場合、さらに時間は短縮される。
また、シミュレーションでは途中一時停車や駐車がない。信号や踏み切りでの待ち時間、渋滞などを考慮すると、距離数が長ければ長いほど影響を受け、一般道では、シミュレーション数値の2倍から3倍の長さになる。
その点、歩行時間数はほぼ正確な値となる。
(1)各現場の走行距離・時間(シミュレーション)
発 |
至 |
走行距離 |
走行時間 |
徒歩時間 |
銀行支店 |
第1現場 |
2.7 km |
4分 |
- |
銀行支店 |
第3現場 |
2.1km |
3分 |
- |
第3現場 |
第1現場 |
0.70km |
1分 |
- |
第1現場 |
第2現場 |
0.76 km |
1分 |
- |
第2現場 |
第4現場 |
4.1 km |
6分 |
- |
※走行距離:車で走行する場合の最短距離
※走行時間:車で走行(時速40キロ)する場合の時間
また、参考値として、次のシミュレーションを行った。
たとえば、仮にアジトのひとつが第4現場だった場合に、準備時間にどの程度かかるかなどにこの数値が参考になる。
発 |
至 |
走行距離 |
走行時間 |
徒歩時間 |
銀行支店 | 第4現場 | 2.7 km | 4分 | 51分 |
第3現場 | 第4現場 | 4.2 km | 6分 | 80 分 |
第3現場 | 第2現場 | 0.88 km | 1分 | 18分 |
<実測及び犯行記録の時間的推移に関する考察>
(1)「第4現場」はアジトか
両仮説では、「第4現場」をアジトとしてみる。
「第4現場」と日本信託銀行国分寺支店、「第4現場」と「第3現場」、「第4現場」と「第2現場」の最短走行時間は、それぞれ4分、6分、6分であり、準備段階での時間的ロスが少なく、アジトの条件として圏内である。
また「第4現場」は、地形的に外部からの侵入者が入りにくく、環境的にも団地駐車場であり住人らの意識は他人事に無関心であり、生活と遊離していて、犯行に使用する盗難車の単なる保管場所としては適している。
ただし、盗難バイクを偽白バイに偽造するなど、何かの作業を行う常設の場所としては適してはない。
(2)国分寺支店から「第1現場」までの所要時間
事件記録によれば、「現金輸送車」は国分寺支店を午前9時15分に出発、「第1現場」まで約5分~6分かかっている。シミュレーションの数値に近い。
(3)「第3現場」から「第1現場」までの所要時間
「現金輸送車」を追尾してきた第1カローラは、途中、「第3現場」に立ち寄り、偽白バイに乗り換え、その後、一方通行の道をショートカットし、再び、「現金輸送車」を追走し、「第1現場」に向かう。その時間は1分である。
シミュレーションによれば、国分寺支店から「第3現場」まで約3分、したがって十分に「現金輸送車」を捕獲できる。
(4)強奪の実行時間
事件記録によれば、実行犯が「現金輸送車」を丸ごと強奪するのに要した時間は約3分と記載されている。
(5)「第1現場」から「第2現場」までの所要時間
実行犯X1が「現金輸送車」を奪った「第1現場」から、「第2カローラ」に乗り換えた「第2現場」までの最短距離は約760メートル、捜査機関の撹乱を目的とした迂回逃走、もしくは一方通行等の道路、地形等の逃走を遅らせる自然的外的障害などの諸条件を加味したとしても、1000メートルは走らない。
途上、猛スピードで走り去る車の目撃情報を得ている。ただし、目撃者の記憶から時速は特定できていない。当時の住宅および道路事情をみても終始時速70キロから80キロ以上程度で運転できるほどの道路幅はない。
仮に、信号待ちや渋滞等による停止がなく、時速50キロ以下で「第1現場」から「第2現場」まで一気に走破したとすると3分も掛からない。
事件発生は、12月10日午前9時20分から21分。
したがって実行犯X1は、午前9時25分前後には、「第2現場」付近に到着したと推察される。
(6)「第2現場」での滞留時間
「第4現場」で実行犯は、「現金輸送車」から「第2カローラ」に3つのジュラルミンケースを積み替えている。
ケース丸ごとの場合積み換えに要する時間は1分も掛からない。単独犯でも複数犯でも大きな差はない。
午前9時30分前には、「第2現場」を出発したはずである。
(7)「第2現場」から「第4現場」の逃走ルート
「第2現場」から「第4現場」の距離は最短で約4100メートル。
このルートでは、実行犯が、逃走ルートをどう取るかで時間はかなり異なる。まずは最短ルートを選択されるはずだが、鉄道踏み切り、交通信号機、警察署など逃走の直接障害となるものがあれば、この回避が優先される。
「第4現場」は、国鉄中央線の北側に位置し、「第2現場」は南側に位置する。車で向かうには中央線を越えなければならない。
「第4現場」は、中央線国分寺駅と西国分寺駅のほぼ中間に位置し、二等辺三角形を作る。国分寺駅からは、北西方向へ、西部多摩湖線と西部国分寺線が延びており、踏切が多い。逃走犯としては、国分寺駅と武蔵小金井駅間のいずれかのルートを選ぶものと思われる。
あるいは、「第2現場」から甲州街道方面へと南下、迂回して「第4現場」へと辿ることも考えられるが、「第1現場」に戻る逆送ルートであり、犯人の心理から考えられない。
だとすれば、実行犯は、「第2現場」から北東方面へ、国分寺駅武蔵小金井駅間の中央線を横切る、できれば踏切のない道を選び、北上することになる。
(8)踏切
「第2現場」から「第4現場」への最短ルートは、第2現場から東元町四丁目方面に直進、国分寺街道を左折、北上し、中央線を切り、連雀通りを右折するか、もしくは国分寺街道を左折、東元町三丁目交差点を右折、元町通りを北東へと走行、東京経済大敷地東壁に沿って北上、弁天道踏切(横断長=10.0m 幅員=10.0m(歩道幅員3.2m,車道幅員6.8m)を越え、連雀通りに至る行程だ。
前者は、現金輸送車が出発した国分寺支店付近を通る。後者が現実的である。後者ルートには一部を一方通行の路地がいくつか分岐しており、このオプションある。信号は少ない。問題は隣接交差点にある弁天道踏切の遮断間隔である。
ある調査によれば、朝のラッシュ時、渋滞時でも平均7分から10分、9時を過ぎれば、5分はかからずに通過が可能である。
(9)「第2現場」から「第4現場」までの所要時間
上記のシミュレーションが正しければ、午前9時30分前に「第2現場」を出発した第2カローラは、午前9時40分前後に弁天道踏切に到達、したがって、実行犯は、午前9時45分から50分には「第4現場」に到着したとみられる。
(10)「第4現場」での滞在時間
記録によれば、「第4現場」で発見された「第2カローラ」には後部座席に空のジュラルミンケースが残されていた。
では、実行犯は、どの時点で、どの場所でジュラルミンケースを空にしたのか。次のケースが考えられる。
・1人説であれば、「第4現場」で「第2カローラ」を駐車させ、車中で現金を移すほかない。団地駐車場の車外で積み換えるには人目が着きやすい。当日は一日中雨であり、不審に思われる。駐車場で「第2カローラ」にシートを被せたまま、車中で移し替えを行うことも考えられるが、車外へ出入りする点で不便である。
・この点、複数犯説によれば、次の方法で現金の移し替えができる。
「第2現場」から「第4現場」へ「第2カローラ」で逃走中、実行犯X1が後部座席において、3億円の現金をジュラルミンケースから別の入れ物に移し替える。これは2人説でも3人説でも同じである。
フォードア「第2カローラ」には3つの空ジュラルミンケースが助手席後部に重ねられていたという。運転席後部シートには1人が同乗、作業を行えうるスペースがあり、時間的にも「第2現場」から「第4現場」までの15分から20分間にすべての現金を移し替えるに十分な時間である。
この推理によれば、2人説でも3人説でも、「第4現場」での滞在時間はゼロにひとしい。実行犯は、「第4現場」から直ちに逃走できた。
(11)「第4現場」からの逃走手段
では、どのような手段で逃走したのか。
実行犯が「第4現場」に到着した時刻は午前9時45分から50分。東京都内に検問が配備された時刻は、午前9時50分。実行犯は鉄道を利用したと推理できる。
「第4現場」から、最寄りの武蔵小金井駅までは徒歩で約5分から8分で辿りつける。
2人説の場合ならそれぞれ1.5億円、約15キロの札束を、3人説の場合ならそれぞれ1億円、約10キロの札束を持って悠然と駅構内に入り、待ち時間がなければ、午前10時には、列車に乗り込むことができる。
(12)犯行遂行のための最適人数
それでは、犯行を完全に遂行するための最適パターンは、<2人説その2>か、<3人説その1>か。完全犯罪のためには<3人説その1>が多少有利もしれない。
しかし、事件後の犯行発覚を防ぐには、実行犯の数は少なければ少ないほどよい。究極は1人による完全犯罪だ。自分を捜査線上から完全に消し去り、口を割らなければいいだけだ。数が増えればそれだけ発覚のリスクが高まる。
その点、<3人説その1>よりは、<2人説その2>が有利である。
そして、もし仮に、<2人説その2>において、共犯の片方がその後死亡したとするなら、どうなるか。
いずれにしても、最小限度の人数で犯行が遂行できるパターンが完全犯罪の最適布陣である。<3人説その1>においてX2は完全犯罪の成功率を高めることはあっても、実行上絶対必要不可欠というわけではない。
ここではひとまず、<2人説その2>を支持する。
11 小結
本章では、単独犯説より複数犯説に基づくことが、本事件の解明をより合理的に説明できることを改めて示した。
複数犯説のなかでは、<3人説その1>と<2人説その2>がともに完全犯罪の遂行にあたって実効性があると言えるものの、<2人説その2>の方がより矛盾が少ない。
<仮説2人説その2>の時間的推移
<仮説2人説その2> 場所的推移
<仮説3人説その1> 時間的推移
<仮説3人説その1> 場所的推移