三億円事件「第四現場」 第1回

「第四現場」―三億円が最後に消えた場所

第1回 捜査上の論点 

1    何が問題なのか

三億円事件は、犯行計画の大胆かつ緻密さ、鮮やかな実行手口、史上最高額の強奪事件等、ニュースバリューとしては極めて高く、マスコミや報道機関はもちろん、映画、出版に取り上げられた数は類を見ない。

単なる刑事事件の枠を出て、未解決のまま終結したこの事件を「戦後最大のミステリー」と呼び、日本全土で真犯人を推理するという「一億総探偵」の社会的現象を巻き起こした。

一方、強奪された「3億円」は保険金により補填され、その保険会社も再保険によって補填を受け、関連企業の損失はなかった。このことから、実質的に被害(者)なき犯行とも呼ばれ、マスコミの一部には実行犯をヒーロー扱いするマスコミ諸氏まで出る始末で、捜査機関側にさえ、真犯人逮捕という目的から逸れ、捜査機関としてのメンツの問題に終始していったという感がある。

しかし、事件は高度経済成長の坂を駆け上がる日本の負の姿でもある。とくに世界的に優秀性を誇示してきた警察機関の脆弱性が浮き彫りになる。

では、何が問題か。

ここでは、次の2点について絞ろう。

・捜査に問題はなかったか。

・被害者はだれであったか。

 

2    捜査上の論点とは

捜査上の主たる論点は、次のとおりだ。

複数犯説」VS「単独犯説

捜査機関は、当初、複数犯説に基づき、捜査を進めていた。にもかかわらず、ある時期を境に単独犯説が浮上する。

その意味は。そしてそのことによって、事件はどのように展開したのだろう。

3 主捜査「現場」

本事件での遺留品は120点余りである。

証拠物件の点数があまりに多いため、事件の早期解決は楽観視されたほどだ。

 

捜査機関は、遺留品が残された場所をもとに、捜査現場を次のように区分けした。

  • 「第1現場」:府中市栄町府中刑務所裏路上(強奪実行現場)
  • 「第2現場」:国分寺市西元町、武蔵国分寺跡クヌギ林付近
  • 「第3現場」:府中市栄町、明星学苑高校付近空地
  • 「第4現場」:小金井市本町住宅、団地来客用駐車場

第1から第4までの順番は、事件発生後の発見された現場の順位を示している。

「第1現場」は、12月10日午前9時30分前後に現金輸送車が強奪された場所である。府中刑務所北の学園通り、府中刑務所裏にあたる(府中市栄町3-4)。

「第2現場」は、国分寺史跡七重の塔近くの本多家墓地の入口当たる武蔵国分寺跡のクヌギ林で、現金輸送車のセドリックが乗り捨てられていた場所である(国分寺市西元町3-26)。

事件後の聞き込み調査で、濃紺のカローラ(第2カローラ)が事件直前に目撃されていたことが判明している。

つまり、実行犯は、現金輸送車から第2カローラへの乗換えを計画し、事前に第2カローラを待機(配置)させていた場所である。

「第3現場」は府中市栄町、明星学苑高校近くの空地。犯行前に偽白バイをカバーに覆って停めていた場所である。

同付近(府中市栄町2-12)で、緑色のカローラ「多摩5め3863」(第2カローラ)が半ドア、窓は開け放たれ、ワイパーが動いたまま発見された場所である。盗難日は11月30日から12月1日。

「第4現場」は、小金井市本町、団地駐車場(小金井市本町4-8の本町住宅B1号の西)である。第2現場で現金輸送車から乗り換えられた濃紺のカローラ(第2カローラ)が乗り捨てられていた場所である。事件から4ヶ月後に発見された場所である。

通説は、この場所を現金を抜き取った場所とするが、人目につきやすい場所でもあり諸説ある。他に盗難車があった。

上述のとおり、濃紺のカローラ(第2カローラ)は事件直前、第2現場で目撃されていたことから、捜査班は車のナンバー「多摩5ろ3519」から「多摩五郎」のコードネームで車の行方を追った。

第2カローラの発覚は事件から4ヵ月後、車はシートカバーで覆われ、車中助手席後部座席に空のジュラルミンケースが残されていた。第2カローラは航空写真より事件翌日には当該第4現場に留め置きされていたことが判明した。

4 「現場」に残された遺留物

犯行日以降、各現場には数々の遺留品が発見された。

犯行に使われた主な物証は、次のとおりである。

  •  「第1現場」:偽装白バイ(ヤマハスポーツ350R1)、ハンチング帽 、メガホン、クッキー缶、発炎筒、磁石、新聞紙
  • 「第2現場」:現金輸送車セドリック
  • 「第3現場」:レインコート、第1カローラ
  • 「第4現場」:第2カローラ、ジュラルミンケース、第2カローラ 、ケースの泥、ホンダドリーム、3台の盗難車 、ギャンブル関連品、女性物のイヤリング

5 移動の場所的推移

<問題の所在>

通説によれば、「犯人」の足取りは、「第3現場 → 第1現場 → 第2現場 → 第4現場」と移動した。これに沿って、「現金」は、「(国分寺支店)→ 第2現場 → 第1現場 → 第4現場」と運ばれたとされる。

しかし、現金輸送車の追尾から輸送車奪取、逃走に至る犯行のプロセス全体をつぶさに継続して見た者は一人もいない。現金もどの場所でジュラルミンケースから移しかえられたか知る者はいない。通説は、各現場に残され、裏付けをとった物証及び証言によって、いわば「点」としての事実証明に過ぎない。

以下で検証されるような場所的推移の交錯状況を考慮すれば、実行犯が移動した各現場の順序を単一の線で結ぶほど、単純ではない。

たとえば、仮に犯行が2人以上のグループで実行された場合、犯人らの足取りは通説通りにならない。現金輸送車を強奪した実行犯は、第2現場で降車、犯行の役割を終え、そのままどこかへ消え去ったかもしれない。また別人の共犯者が第2現場から第4現場まで運んだのかもしれず、あるいはその場で現金は抜き去られ、この共犯はすでに空になったジュラルミンケースだけを第4現場に運んだだけなのかもしれない。

通説は一般に残された物証、証言等によって組み立てられている。それらは捜査によって「発見され」「証明された」証拠に基づく推断に過ぎず、「発見されもせず」、「証明されてもいない」埋もれた事実や物が他に山と存在するかもしれない。特に解明されていない事件においては、そうであろう。

<検証>

以下、実行犯及び遺留品現金の移動等、犯行の場所的推移について整理する。

(1)遺留品の残された時間的推移

まず、各遺留品の関連性については、次の捜査結果が明らかにされている。

・「第3現場」で「第1カローラ」が発見された。聞き込み捜査によれば、同一場所に、強奪に使用された「偽装白バイ」らしきものがエンジンを掛けたま、シートをかぶせられ放置されていたことが判明した。

・「第1現場」には、犯行に使用された「偽装白バイ」が残された。

・「第2現場」には、「現金輸送車セドリック」が残された。

・「第4現場」には、「第2カローラ」が発見され、その車中から発見された「ジュラルミンケース」は強奪されたものと判明された。

以上、各現場に残された遺留品の発見時刻、ならびに各遺留品の犯行の実行行為との使用状況等から、各物証が遺留された順序は、次のようになる。

■遺留品発見(遺留時刻)の推移

「第3現場 → 第1現場 → 第2現場 → 第4現場」

(2)犯行当日の実行犯の足取り

これに基づくと、犯行当日の実行犯の足取りの順序は、次のとおりとなる。これは、マスコミ等の多くが当然の前提事実として伝えてもいる。<通説>

■犯行当日の実行犯の足取り

「第3現場 → 第1現場 → 第2現場 → 第4現場」

この説によれば、実行犯の足取りは、次のようになる。

<通説>

実行犯Xは、「第3現場」で「第1カローラ」から「偽装白バイ」に乗り換え、「第1現場」まで「現金輸送車セドリック」を追走し、「第1現場」で「現金輸送車セドリック」を奪い、「第2現場」まで「現金輸送車セドリック」を運転し、「第2現場」で「現金輸送車セドリック」から「第2カローラ」に現金の入った「ジュラルミンケース」を積み換え、「第2カローラ」で「第4現場」まで運んだ。

(3)実行犯足取り≠物証発見推移

ただし、上述のように、犯行当日、実行現場から第4現場までの足取りを継続して目撃した者はいない。

つまり、上記の順序は、遺留品から推理された犯行の推移を示すに過ぎず、実行犯の足取り順序を示したものではない

したがって、単独犯説、複数犯説いずれかの説に依拠することによって、足取りは複数の順序が可能となる。

(4)<単独犯説>による時間的場所的推移

単独犯説に立てば、次のように前提事実が推定される(文中緑色箇所)。

<単独犯説に基づく犯人の足取り>

実行犯Xは、「第3現場」に「偽装白バイ」を予め留め置き、「第1カローラ」で日本信託銀行国分寺支店から出た「現金輸送車セドリック」を追尾しながら、再び「第3現場」に向かった。

実行犯Xは、「第3現場」で「第1カローラ」から「偽装白バイ」に乗り換え、「第1現場」まで「現金輸送車セドリック」を追走し、「第1現場」で「現金輸送車セドリック」を奪い、「第2現場」まで「現金輸送車セドリック」を運転し、「第2現場」で「現金輸送車セドリック」から「第2カローラ」に現金の入った「ジュラルミンケース」を積み換え、「第2カローラ」で「第4現場」まで運んだ。

(5)<単独犯説>「第3現場」における2つの疑問

上記の推定によれば、強奪実行から逃走に至る各現場が時間的に単一の線で結ばれるが、強奪を実行する準備段階における足取りについては、次の2点が不明である。

第一に、「第3現場」に「偽装白バイ」にエンジンを掛けたまま待機させ、「第1カローラ」で支店に向かった。では、その「第1カローラ」を、どこから、いつの時点で、どの場所に運び、待機させていたのか。

第二に、単独実行犯がどの地点から「現金輸送車セドリック」を追尾したのか。

これについては、現金輸送車の正確な特定が重要であることを考えれば、銀行国分寺支店の出発地点から追尾したというのが合理的である。

しかし、「第1カローラ」が支店から「第3現場」まで一貫して追尾していたという明らかな証拠はない。

(6)「第1カローラ」と「偽装白バイ」の移動順序

第一の不明点について、以下、整理する。

(ⅰ)「第3現場」には、犯行直前に「偽装白バイ」が留め置かれていた。そうすると、単独実行犯は、「偽装白バイ」で「第3現場」に乗ってきて、これを留め置き、その場所もしくは付近で「第1カローラ」に乗り換え、日本信託銀行国分寺支店へ向かった。

そうすると、「第3現場」には、予め「第1カローラ」が存在していなければならない。

この場合、次の点が疑問として残る。

まず、単独実行犯は、「第1カローラ」を「第3現場」(付近)に、いつの時点で、どこから運んだのだろうか。

次に、「第1カローラ」を「第3現場」に待機させてから、「偽装白バイ」がある場所まで、どのようにして移動したのだろう。

 

(ⅱ)あるいは、単独実行犯は、「偽装白バイ」を「第3現場」に運び、その場所から離れた場所まで歩行、そのほかの手段で移動し、「第1カローラ」で日本信託銀行国分寺支店へ向かった、とも考えられる。

ただし、このケースでも、上記と同様の疑問点が湧く。

なお、上記推理の前提事実として、「偽装白バイ」は「第1カローラ」に積み荷して運ぶことはできない。また、「偽装白バイ」は実行当日の朝、「第3現場」でエンジンが掛けられた状態のまま放置されていることが目撃されている。

(ⅰ)、(ⅱ)のいずれの場合においても、犯行準備段階で、単独実行は、「第1カローラ」を留置してから「偽装白バイ」がある場所に向かうには、相当の距離を移動しなければならないことになる。

(7)<複数犯行説>による時間的場所的推移

では、複数犯の場合には、どのようになるだろうか。

 

複数犯の場合、人数の規模によって役割分担の組み合わせが無数に考えられる。ここでは最小限度かつ合理的な役割分担から、推理する。

なお、ここで合理的というのは、犯行の達成の精度を高めるために当然に使われる合理的な手段という意味と、捜査の撹乱を狙うために考えられる合理的なプランという2つの意味がある。

足取りに関する推理は、次のとおりだ。

<複数犯説に基づく犯人の足取り>

実行犯X1は「偽装白バイ」を、実行犯X2は「第1カローラ」を運転し、「第3現場」に着き、その場所に「偽装白バイ」留めて置いた。

実行犯X1は、「第3現場」で実行犯X2が運転する「第1カローラ」に同乗し、国分寺銀行支店に向かい、「現金輸送車セドリック」を追尾、再び「第3現場」に向かった。

実行犯X1は、「第3現場」で「第1カローラ」から「偽装白バイ」に乗り換え、「第1現場」まで「現金輸送車セドリック」を追走し、「第1現場」で「現金輸送車セドリック」を奪い、「第2現場」まで「現金輸送車セドリック」を運転し、「第2現場」で「現金輸送車セドリック」から「第2カローラ」に現金の入った「ジュラルミンケース」を積み換え、「第2カローラ」で「第4現場」まで運んだ。

ここでの疑問は、わざわざ「第1カローラ」を乗り捨てていく犯行上の意味だ。みすみす証拠品を残していくものであり、単独犯説を主張立証する者にとって有利である。

ただし、そもそも120点にも及ぶ遺留品が残されていることから実行犯にとって「第1カローラ」を乗り捨てるという行為は犯行計画において当然想定内の計画下にあったと考えられる。

仮に、現金輸送車の警備員が追尾してくる「第1カローラ」に気付き、警備本部や警察に何らかの連絡を行っている可能性も当然考慮していたはずであり、だとすれば盗難車である「第1カローラ」を短時間で見捨て、異なる交通手段で移動する方が安全である。

さらに、本件犯行が仮に複数犯の場合、一見単独犯であることを装う仕業とも解することができ、これは捜査撹乱の意味から有利である。犯行の計画、準備、実行に至るまで緻密かつ大胆な犯行を遂げた実行犯らにしてみれば、捜査上の撹乱をも想定に入れた用意周到な計画であったとしても不思議ではない。

いずれにしても、現金輸送車強奪の実行に至る事前準備のための時間は、単独犯行に比べ、複数犯の方が時間的ロスが解消される。

(8)仮説オプション

重要なことは、何よりそう考えることの方が強奪実行の成功率が高まるという合理性、実行犯のX1のみならずX2の逃走行為の成功率を高め、捜査上の撹乱を誘うということにおいて合理性があると言う点に着目することだが、さらにそれら以上に、事件解決に当たっては、事件の経過、犯行の経緯、手口、動機等、可能な限りオプションをならべておくということが捜査のプロセス上、極めて重要なはずである。

遺留品の点数が多いといえども、犯行の一部始終が明らかになっていない以上、また証拠も確定していない段階では、オプションの保留は事件解決の絶対条件である。

(9)<単独犯行説>「第2現場」における疑問

以上は、「第3現場」における「第1カローラ」と「偽装白バイ」の準備段階での移動順序に疑問点を当てて、<単独犯行説>と<複数犯行説>を比較したが、同じような疑問は、「第2現場」でも生じる。

すなわち、逃走した「第2現場」で、実行犯は、

「第2現場」で「現金輸送車セドリック」から「第2カローラ」に現金の入った「ジュラルミンケース」を積み換え、「第2カローラ」で「第4現場」まで運んだ、ということになっている。

<単独犯説>の場合、「現金輸送車セドリック」は、犯行当日、単独犯が用意し予め当該国分寺の「第2現場」に留置して置いたことになる。

犯行当日に「第2カローラ」を配置するなら、許される時間帯は、夜明け前から始動する必要があろう。

(10)<単独犯説に基づく犯人の足取り>を図式化

犯人の足取りを図式化すれば次のとおりとなる。

(11)<単独犯説>に基づく犯行上の疑問

上図を参考に、各犯行現場の地理的位置関係、犯行の所要時間、交通手段等に注目すると、次の推理がはたらく。

・「偽装白バイ」、「第1カローラ」および「第2カローラ」を予め待機させておくためには、アジトと現場を2度往復しなければならず時間的ロスが大きい。

・移動時間を短縮するために各現場に近い場所に各アジトを複数配置することも考えられるが、その場合であっても同じ理由で犯人の移動にロスが生じる。準備段階での犯行の発覚の恐れなど、合理的に考えれば、アジトは1か所に集中することが好ましい。

但し、アジトが人目に付きやすい場所であれば、分散する方がリスクが低い。実際には、アジトがどのような地政学的環境にあるかによって判断されるであろう。

・一方で、1か所のアジトに車2台とバイクを留置しておくには目立ちすぎる。複数の分担者がいれば、それぞれ、偽白バイ、盗難カローラ2台をそれぞれ準備させておくことの方がリスクは小さい。とくに、バイクを警察用の白バイに改造するのは人目に付きやすい。

・また、犯人は移動手段を変えるたびに、現金を積みかえており、逃走には相当の時間を要することになる。

(12)<複数犯説>に基づく犯人の頭数

一方、複数犯人の足取りについて、実行可能な最小限度の犯行頭数と併せて考察しよう。

(ⅰ)実行犯は2名か

2名の実行犯で犯行を遂行するためには、「第1現場」から「第2現場」までの経路以外の場所で、乗り物の配置を担当し、現金の積換え共同で行い、逃走全般を助けたものと思われる。

ただし、仮に「第3現場」から「第2現場」へ直行し、上記のような幇助的行為を行う場合には、犯行時間からしてかなり無理な計画ではあるが、不可能ではない。

(ⅱ)実行犯は3名以上か

実行犯が3名の場合には、次の理由から最も効率的な犯行を展開できることになる。

・実行犯が3名の場合(X1、X2、X3)、犯行に使用した乗り物をそれぞれ運転できる。

・また、各現場に乗り物を事前配置させる場合の時間的ロスを解消できる。

・さらに、3名それぞれがアジトを所有したとすれば、1か所に車2台とバイクを留置しておくより犯行発覚を防ぐには遥かに安全である。

・ジュラルミンケース4つを運び、積み替える行為は単独で行う場合に比べ極めて効率的である。

このように、3名の場合には、単独犯説にみられる犯行に障害となる時間的ロス等はいっきに解消され、計画としての完全犯罪の完成度が高い。

(13)再び実行犯X2の足取り

では、3名で行った場合、実行犯X2は、「第2現場」からどこへ、どのように消えたのだろう。

「共同体的」複数犯の場合において、各実行犯は必ず完全犯罪を完遂させなければならないことを強く意識し、役割分担の作業を終えたとしてもなお犯行全体の完成を最後まで見届けようとする意識が働く。各分担作業のみならず、犯行完了後の利得配分も当然に念頭にあるからだ。

完全犯罪の重みを確認しようとするとき、最終にして最後の作業とは何か。組織的役割を分担し、たとえその役割を果たしたとしてもそれだけでは達成感を得られない。それは、強奪したブツを目にし、手にした時だ。

この場合、彼らにとっての仕事の完成とは、3億円の札束の山を目視し、これを手に掴んだときに、完全犯罪の重さを実感するはずである。

彼らの分け前は、平等に配分される。

なお、上記において、「共同体的」複数犯の場合と書いたが、これは複数の実行犯らの関係性においてある種フラットな関係が構築されている場合を指している。

仮に、複数犯の関係性に、何らかの序列、力学が働いている場合には、各分担作業の点検など、完全犯罪の遂行プロセスは、各実行犯を操り、各作業の全体指揮を執ることのできる組織内権力者によって行われる。

このような力学が形成されているグループによる「縦社会的組織」の犯行では、組織の一員は完全犯罪の完遂、達成度を知る立場にない。目的すら知らされることがない場合もある。

彼らの分け前は、力関係によって配当され、「主犯格」というのは、法律で裁かれる場合の量刑の重みにすぎない。

もしかしたら、「主犯格」のフィクサーは、これらの実行行為に直接、手を染めておらず、現場から遠く眺めているにすぎないかもしれない。

いずれにしても、「共同体的」複数の実行犯らは、共通の目的物を予め定めた目的地に運び、その目的地に合流することによって完全犯罪の完成を確かめなければならない。

そして、「縦社会的組織」の犯行の場合においても、その仕事の完遂をフィクサーに報告しなければならないはずだ。

以上のような単純な考えに基づけば、実行犯X2の「第3現場」からの足取りは、その場でどこか安全な場所へと消えうせたはずがない。本誌の推察は、次のとおりである。

・実行犯X2は、「第3現場」(府中市栄町)でX1を降車させ、「第1現場」(強奪実行現場)へと送り出し、

・その後、「第4現場」(小金井市本町住宅)へと向かい、

・「第4現場」周辺で見張り待機し、X1とX3の到着を待ったか、後着した。

(14)<実行犯X2の第4現場への移動>

この推理によれば、次の点が直ちに疑問となる。

・「第3現場」から「第4現場」までは、車ルートで約6キロメートル。標準速度なら12分掛かる道のりだ。

実行犯X2は、「第1カローラ」を乗り捨て、どの手段で「第4現場」へ向かったのか。第4の乗り物が存在しなければ最終の目的地に合流できない。このことが、複数犯3名以上の説を採る場合のポイントである。

(15)<複数犯説に基づく犯人の足取り>を図式化

ひとまず、以上の推論を図式化すると、次のとおりとなる。

(16)推察の結果

いずれにしても、単独説ではかなり計画に破綻をきたす恐れと犯行遂行上の疑問符が付く。

これに対し、複数犯説は、比較的合理的で効率的な犯行計画が無理のない犯行経路と移動手段で描かれることになる。

複数犯説においても、2人組み説と3人組み説とでは異なる。3人組み説では、X2の「第3現場」から「第4現場」への移動を証明する証拠が見当たらない。

いずれにせよ、本誌は、これまでの考察に依れば、実行犯は「少なくとも3名以上の者」が本犯行に関わったと考えることの方が他の説と比較してより合理的であるが、他の説を切り捨てるほど証明がなされたわけではない、というのが現時点での結論となる。

以上、まとめると次のとおりである。

<複数犯説に基づく犯人の足取り>

実行犯X1は「偽装白バイ」を、実行犯X2は「第1カローラ」を運転し、「第3現場」に着き、その場所に「偽装白バイ」留めて置いた。

実行犯X1は、「第3現場」で実行犯X2が運転する「第1カローラ」に同乗し、国分寺銀行支店に向かい、「現金輸送車セドリック」を追尾、再び「第3現場」に向かった。

実行犯X1は、「第3現場」で「第1カローラ」から「偽装白バイ」に乗り換え、「第1現場」まで「現金輸送車セドリック」を追走し、「第1現場」で「現金輸送車セドリック」を奪い、「第2現場」まで「現金輸送車セドリック」を運転し、予め「第2カローラ」を運転して「第2現場」にやってきた実行犯X3が待機する「第2現場」に向かった。

実行犯X1は、実行犯X2とともに、「第2現場」で「現金輸送車セドリック」から「第2カローラ」に現金の入った「ジュラルミンケース」を積み換え、実行犯X2が運転する「第2カローラ」に同乗し「第4現場」まで運んだ。

実行犯X2は、「第3現場」で運転していた「第1カローラ」を乗り捨て、「第4現場」へと向い、実行犯X1およびX3の到着を待った。

(17)疑問点

以上、推察の結果、次の疑問点が残る。

(イ)なぜ、実行犯X2は、「第3現場」で「第1カローラ」を乗り捨てる必要があったのか。「第3現場」で実行犯X1を降ろし、そのまま「第4現場」へと直行する方が合理的ではないか。

証拠品を置き去りにする心理は捜査撹乱を目的としている場合が少なくないが、そうだとしても完全犯罪を遂行するには犯行計画に沿って一刻も早い「第4現場」での合流が求められるはずだが。

(ロ)また、実行犯X2が、徒歩で「第4現場」へと向かったのか、交通機関を利用したのかも判然としない。車なら12分程度で行ける距離であるが、第4の車が押収されていない。

(18)小結

以上の考察から、本事件においては、単独犯説、複数犯説いずれの説でも犯行の遂行が可能であるが、行犯及び遺留品、現金の異動等、犯行の場所的推移に着目した場合、複数犯説に基づいて推理した方がより合理的な説明がつく。

また、「第4現場」は、単独犯説においては犯行の終結地、複数犯説においては実行犯らの集結地点として位置づけられ、いずれも犯行の目指すべき目的地となる。