比翼の空

事件が伝説になる時

1 江戸放火未遂事件

放火未遂罪で、鈴ヶ森刑場火刑に処せられた於七
ベストセラーを生み、今なお舞台で語り継がれる

 

天和の大火

西暦1682年、天和2年12月28日の未の刻頃、本郷駒込大円寺から出火、北西風により延焼、火の回りは早く、本郷追分から燃え広がり、神田、日本橋、浅草、下谷、本所を縦断して、大名屋敷73、旗本屋敷166、寺社48、神社47、町家5万以上を焼き払った。死者3,500人、ほぼ10時間にもわたり燃え続けたとされるこの火事は、後に天和の大火と呼ばれる。

放火事件

そもそも江戸の町は火事で賑わう。自然の失火、ヒトの手による火付けか、火元が分からぬ原因不明の火事が多い。天和の大火を過ぎてなお、火の手は止まない。

ある寺が火に見舞われた。火元を明らかにした記録はないが、伝えによれば、吉祥寺、円乗寺、正仙院に伝説が残る。

当局は、この火事を放火と見立て、容疑を17歳の少女、七に向けた。

容疑者

本郷追分に住む八百屋市左衛門(太郎兵衛とも)の娘、七は、天和の大火時に被災し、一家共々菩提寺(正仙院、吉祥寺、円乗寺とも)に避難する。そこで、ある寺の小姓と出逢う。名は山田左兵衛(生田庄之介とも)。

やがて新しい家もでき、一家はその寺を引き払うが、七は寺の小姓が忘れられない。再会のためには火事を起こせばよい。

火はすぐ消し止められたが、江戸市内引き回しのうえ、鈴ケ森の刑場で火刑に処せられる。

なぜ、七は火を付けたのか。

ゆかりの地を歩いてみる。

 

天栄寺―幕府御用市場「駒込土物店跡」

 

 

円乗寺

 

 

 

大円寺

 

 

吉祥寺

 

 

 

 

生涯

下総国千葉郡萱田(現・千葉県八千代市)で生まれ、後に江戸の八百屋太郎兵衛の養女となった。生年については1666年丙午の年)とする説があり、それが丙午の迷信を広げる事となった。(お七が提出した記録によれば、生年は1669年。)

お七は天和2年12月28日(西暦1683年1月25日)の大火(天和の大火)で檀那寺(駒込の円乗寺、正仙寺とする説もある)に避難した際、そこの寺小姓生田庄之助(吉三もしくは吉三郎とも、または武士であり左兵衛とする説もあり)と恋仲となった。翌年、彼女は恋慕の余り、その寺小姓との再会を願って放火未遂を起した罪で捕らえられ、鈴ヶ森刑場火刑に処された。遺体は、お七の実母が哀れに思い、故郷の長妙寺に埋葬したといわれ、過去帳にも簡単な記載があるという。

その時彼女はまだ16歳(当時は数え年が使われており、現代で通常使われている満年齢だと14歳)になったばかりであったため町奉行甲斐庄正親は哀れみ、何とか命を助けようとした。当時、15歳以下の者は罪一等を減じられて死刑にはならないと言う規定が存在したため、甲斐庄はこれを適用しようとしたのである。厳格な戸籍制度が完備されていない当時は、役所が行う町人に対する年齢の確認は本人の申告で十分であった。

甲斐庄は評定の場において「お七、お前の歳は十五であろう」と謎を掛けた。それに対し彼女は正直に16歳であると答えた。甲斐庄は彼女が自分の意図を理解出来てないのではと考え、「いや、十五にちがいなかろう」と重ねて問いただした。ところが彼女は再度正直に年齢を述べ、かつ証拠としてお宮参りの記録を提出することまでした。これではもはや甲斐庄は定法どおりの判決を下さざるを得なかった。

作品

お七処刑から3年後の貞享3年(1686年)、井原西鶴がこの事件を『好色五人女』の巻四に取り上げたことで、お七は有名となった。以後、浄瑠璃歌舞伎の題材として度々脚色された。

お七を題材とする作品には、紀海音の『八百屋お七』、菅専助らの『伊達娘恋緋鹿子』、為永太郎兵衛らの『潤色江戸紫』、四代目鶴屋南北の『敵討櫓太鼓』、二代目河竹新七(黙阿弥)の『松竹梅雪曙』などがある。芝居では寺小姓と再会するため、火の見櫓の太鼓を叩こうとする姿が劇的に演じられる場面が著名である。「櫓の場」といわれる。寛政年間にこのお七の役で知られた四代目岩井半四郎が、お七の墓を小石川の円乗寺に建立した。

「八百屋お七」を題材とするさまざまな創作が展開されるのに伴い、多くの異説や伝説もあらわれるようになった。

お七の幽霊が、の体に少女の頭を持った姿で現れ、菩提を弔うよう請うたという伝説もある。大田蜀山人が「一話一言」に書き留めたこの伝説をもとに、岡本綺堂が「夢のお七」という小説を著している。

「八百屋お七」のモデルとして、大和国高田本郷(現在の大和高田市本郷町)のお七(志ち)を挙げる説もある。高田本郷のお七の墓と彼女の遺品の数珠は常光寺に現存する。地元では、西鶴が高田本郷のお七をモデルに、舞台を江戸に置き換えて「八百屋お七」の物語を記したと伝えている。

1979年、青二プロ設立10周年イベント「VOICE VOICE VOICE」において、青二プロの声優たちによる朗読劇「お七炎上」が行われた。総監督は柴田秀勝。お七役は増山江威子、吉三郎は富山敬が演じた。この模様を収録したLPが日本コロムビアから発売されていた。

2011年、日本のメタルバンドLIGHT BRINGERが、お七を題材にした楽曲Burned 07を発表、シングルCDとして発売した。作詞はボーカルのFuki